コバルトブルーの思い出
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    6月は私にとって特別な月である。

    まず、1日が誕生日(マリリン・モンローと同じだそうだ)、

    10日が結婚記念日(9日が皇太子ご夫妻のご成婚記念日である)、

    20日が長男の誕生日(ライオネル・リッチーの誕生日)と続く。

    さらに今年の26日は次女が結婚する。


    それとは別に、梅雨の晴れ間に見える初夏の空が大好きだ。

    そして、初夏の明け方の空を見るたび、必ず思い出すことがある。


    あれは小学校5年生の時だった。


    雑誌にアキレスの運動靴の広告が載っていた。

    色の種類で白、青、コバルトブルーがあると書いてある。

    「ねぇ、『コバルトブルー』ってどんな色?」と、私はそばにいた父に訊いた。

    「ん〜、そうだな。今度教えてやる。そのうちな。」

    私は印刷の仕事をしている父なら、色見本帳のようなものから、

    「ほら、これだよ」と簡単に教えてくれるものとばかり思っていたので、

    非常に不満だった。「ふん、ケチ」と腹の中で思いつつ、その晩は床についた。


    1日経ち、2日経ちと2週間経っても父は教えてくれなかった。

    「お父さんは、私の事はどうでもいいんだろう。

    もうコバルトブルーのことなんて、きっと忘れてるんだ。」と悔しかった。


    3週間近く経った、7月に近いある初夏の明け方、私は父の声でいきなり起こされた。

    「シゲ、シゲ、ほらコバルトブルーだよ! 起きなさい、早く、早く!」

    寝ぼけ眼の私を父は勝手口に連れていった。

    硝子戸を明けると、東北東の方角に人家の屋根越しに空が見えた。


    中天に近いところはまだ夜の気配を残した群青色だった。

    東に近づくにつれ、ロイヤルブルーの明るい青が拡がっている。

    地平線の近くはほのかに朱に染まり、濃い青と茜色とのあわいに、

    白を含んださわやかなブルーが拡がっていた。


    「あれが『コバルトブルー』だよ!」そこを指さして父は弾んだ声で言った。

    夜明けの空

    「ふ〜ん、あれね。そう。」

    私は色の美しさに感激する以上に眠くてたまらず、ふたたび布団に戻った。

    「ふん、こっちが訊いてから3週間も経っているじゃない。」そんな思いもあった。

    ひどい娘である。


    結婚後のある時期、私は精神的に苦しい日々が続いていた。

    もともと寝つきが悪いところに、眠りが浅くなり、明け方になると目がさえてしまうのだった。

    ある日、そのまま明け方のベランダに出てぼんやり空を眺めていた。



    「そういえば、昔お父さんが『コバルトブルー』を教えてくれたな〜。」

    そんな事を思いながら、東の空を眺めていたが、

    残念ながらその日は灰色のまま、朝になってしまった。

    私はなぜか無性に「コバルトブルー」が見たくなり、

    次の日から「コバルトブルー」が出そうな時間にベランダに出ることにした。


    ところが、である。

    起きる時間やその日の天候もあって、なかなか「コバルトブルー」に会えないのである。

    1週間以上経って、私は「はっ」と気がついた。


    自然界の「コバルトブルー」に会えるのは本当にまれな事なのだ。

    そして、父は、印刷された色見本ではなく、自然の、本当の「コバルトブルー」を

    私に見せたかったのだ!

    本当の「コバルトブルー」が出るまで、

    父は毎日勝手口から明け方の空を眺めていたに違いない。

    そして、これぞ!という色の日がとうとうやってきた。

    それがあの日の父の弾んだ声の原因だった・・・。


    私は、はじめて父の思いが分かった気がした。

    5年生の時の出来事がワーッと頭の中に拡がった。

    あれは、明治生まれの、頑固だった父の、父なりの子供への愛の示し方だったのだ!

    それを私は理解できず、なんと素っ気なくしてしまったことか。

    父に申し訳なくて、ベランダの手すりにすがって泣きじゃくってしまった。

    30代も半ばの主婦が、である。


    涙目で、明けてしまった東の空をぼんやり見ていると、

    「とんまだなぁ、シゲは・・・。」とかすかに笑っている父の気配がした。


    この季節になると、決まって思い出す。

    それ以来「コバルトブルー」は私の好きな色のひとつになっている。

    お父さん、お父さん、ごめんなさい。 愚かな娘でごめんなさい・・・。

    ajisai








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