「日本人のDNA」でパイプオルガンを―児玉麻里さんの挑戦
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    6月26日、前日までの爽やかさと打って変わって土砂降りの一日でしたが、

    児玉麻里さんが主催する「第23回インターナショナル・オルガン・フェスティバル・

    イン・ジャパン」の演奏会が横浜の県民ホールで開かれました。

    招待をいただいた私は、主人と駆けつけ、演奏を堪能してきました。


    主催者の児玉麻里さんは、小柄の控えめな女性ですが、

    シカゴ大学で宗教音楽を学び、「アメリカン・ギルド・オブ・オルガニスト」の

    メンバーとなって、これまでに世界35ヵ国、350都市からの招聘を受けて

    演奏活動を行ってきました。



    その児玉さんが、この夜、演奏前にとても印象的なエピソードを

    語ってくれたのです。


    それは、ザルツブルグに行った際、地元のモーツアルト協会の重鎮と

    ディナーをしたときのこと。

    その席には児玉さんのほか、ドイツ、フランスはもちろん、

    世界中の名だたるピアニストが座っていました。

    彼らを軽く見回して、協会の重鎮はこう言ったのです。

    「ザルツブルグの水を飲まない人に、

    果たしてモーツアルトは分かるのでしょうかねぇ。」


    それを聞いて児玉さんはこう切り替えしたそうです。

    「内田光子さん(注)をご存じですか?」

    「もちろん。素晴らしいピアニストですね。

     彼女のCDは全て我が協会のコレクションに入っています。」

    「それまで評価していらっしゃるのに、何故そのように

     
     
     
     おっしゃるのですか?」


    (注)世界的な日本人ピアニスト。現在は英国籍



    モーツアルト協会の人は、おもむろに答えました。

    「音楽は、言語学と同じなのです。

    あなたは、外国人が如何に文法的に正確に日本語を話しても、

    聞いたとたん、外国人だと分かりますね。

    音楽もそれと同じなのです。」


    この話は、児玉さんの心に深く刺さります。

    本質を突かれた児玉さんは悩み抜きました。

    そして、バッハやモーツアルトを演奏するだけだった

    今までの音楽人生を、ガラリと変える決断をするに至るのです。


    「日本人のDNAを生かし、日本人でなければできない

     オルガン音楽を創ろう!」


    そう決意した児玉さんは、1995年、箏と尺八とパイプオルガンの編成で

    「サウンド・オブ・ピース」を結成します。

    (サウンド・オブ・ピース、 西宮 仁川学院コルベ講堂にて 2011年)


    以後、和太鼓、笛、太鼓、鼓、笙、声明など、

    日本の伝統的な楽器とのコラボレーションによる

    室内楽の創作と演奏に取り組みはじめました。

    さらに、邦楽、能楽、神楽などを取り込みながら、

    「日本発の新しいクラシック音楽」のスタイル作りに励んでいます。

    その演奏活動はウィーン、ベルリンを始め、

    広く欧米各国で好評を博しています。


    26日は、児玉さんが作曲した

    「フランシスコ・ザビエルの足跡」と「長州5傑の栄光」が

    演奏されました。

    「長州5傑の栄光」は、幕末に長州の若き志士5人が

    英国目指して密航してから今年で150年目にあたるのを記念して

    作られたそうです。

    「ザビエル」の方は、ザビエルを称えるというより、

    ザビエルの目を通して見た当時の日本の素晴らしさを

    表現しているように感じました。



    箏、尺八、そしてパイプオルガン。

    日本人が日本の歴史をテーマに作曲した作品が、

    日本人によって演奏されるのです。


    世界でここだけしかない室内楽が始まりました。

    漣のような箏の調べ、空間を切り裂くような尺八の、

    鋭く、しかも暖かな響き。

    それを引き立てるようなパイプオルガンの

    一枚の薄布のように控えめな、だがクリアな音の広がり。

    未体験の音楽でした。

    和の楽器の存在感がひしひしと伝わってきます。

    武満徹の「ノベンバー・ステップス」のような、

    日本発の立派なクラシック音楽です。


    このあと、トーマス・トロッターという英国のオルガニストが

    演奏したのですが、サウンド・オブ・ピースのインパクトの後では、

    失礼ながら単調でチマチマした印象しか残りませんでした。


    帰り道、私はふとファッションデザイナーの森英恵さんを

    思い出しました。

    毎年のようにパリコレに出展していた森さんは、

    自分では成功していると思っていたある時、

    「あなたは日本人なのに、どうしてフランス人の真似ばかりしているの?

     日本人にしかできないものを見せて頂戴」

    とフランス人に言われて大変ショックを受けます。


    以来、「日本人として」デザインすることの意味を考え続け、

    試行錯誤の果に「蝶」のモチーフにたどり着きます。

    今ではハナエ・モリというと、誰でもが「蝶」をイメージしますが、

    そこに至るまでは人知れぬ苦労、心労があったのでした。


    児玉さんも、森さんも、世界に羽ばたくために、

    眠っていた自分の内なる「日本」を

    掘り起こし、息を吹きかけ、蘇らせました。



    逆説的ですが、深く日本人であることが、

    広く世界に通用する人間になれるということなのでしょう。


















     

    posted by: shigemi11 | - | 15:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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